「降りそうだな…」

一息つきたくて、コーヒーを手に窓辺から空を見上げ、思わずつぶやいてしまった。
もうすぐ梅雨に入ろうと言うのか、空には薄暗い雲が見受けられる。
それでも毎日のスケジュールは変わらない。
たまにはふらっと運休でもしてみようか…なんて魔が差す事もなくもない。
ただ高速鉄道であることに誇りを持っているが故の葛藤である。


「今日は曇りだね〜休んじゃおうか〜」
「すでに遅延してるじゃないか!」


遠くからそんな会話が耳に入る。
きっと武蔵野が東上に怒られているのだろう。
たまにはあれぐらい気を抜けたらいいのだが、そうもいかない。

「どれぐらい会ってないのだろうか…」

ふっと脳裏によぎるのはいつも優等生で模範的な応答をするが、危険人物であると判断してもいいだろう宇都宮のことだ。
会えば何かと裏のある言い方をしてくる。
自分が折れない性格なのだとは重々承知しているが、在来と高速鉄道には見えない壁があるように思える。

コーヒーが入っていた紙コップを自販機横のゴミ箱に捨てた時、ポケットの中に入れていた携帯電話が振動をしていることに気付く。

「…はい。」

液晶画面に表示されたのは、宇都宮の文字。
さっきまで考えていた人物なだけについ冷静を装ってしまう。

「…宇都宮です。」
「なんだ?在来線の振り替えはお断わりだ。」
「今日はそんな用事じゃないですよ。」
「じゃあ、なんだ?」

大きくため息をつくものの、久しぶりに聞く宇都宮の声に安堵する。

「ここの所、まともに寝てないそうじゃないですか」

電話の向こうでワントーン低くなった声に思わず眉間にしわを寄せる。

「そんなことは無い。仮眠はしている」
「どうせあなたのことですから、宿舎にも戻らずにソファでちょっとうたた寝するくらいでしょ?」

宇都宮の言うことがあまりにも的中していて、何も言い返せない。
しかし、通常の業務時間中も、疲れや睡眠不足であるような素振りは一切見せていない。
ましてや在来と係わる事も少ないので、ちょっとやそっとじゃ分からないはずだ。

「…誰から聞いた?」
「山陽上官から連絡を頂きました。」

あんのお人好しめ!などと心の中でつぶやいた。
上官がわざわざ在来に連絡を入れるなどと言う好意は珍しい。

「で、わざわざ電話までして来たのか?」
「…あたりまえでしょ?上官を気遣うのが我々在来の仕事でもありますから」

一言多いが、電話の向こうでほくそ笑んでいる宇都宮が安易に想像できる。

「何故そこまでなさるのですか?」
「…別に…ただ今やっておかなければならないことをしているだけだ」
「ハァ〜まぁいいですけど、少しは休んで下さいよ?」

「…あぁ」

会話はたったこれだけだった。
ほんの2〜3分の会話だったが、もう繋がっていない携帯電話を少し眺めてからポケットへに入れ、 再び業務に戻ろうと歩き出した。

「よぉ!東海道!」

廊下で呼び止められ、振り返ると、お人好しと決定した山陽が意気揚々と片手を上げ こちらに歩いて来た。

「…山陽…お前…」

眉間にしわを寄せたまま山陽へと姿勢を変えた。
あからさまに不機嫌な様子だと誰もが感じ取れるぐらい東海道は今にも山陽にくってかかりそうだった。

「あれ?その様子だとラブコールはなかったみたい?」
「な…何がラブコールだ!」
「おっかしいな〜わざわざ電話してやったのにな〜」

東海道の機嫌なんておかまいなしに山陽はぬけぬけと話す。

「聞いてよ!宇都宮ったら、東海道の名を出した途端に声が低くなって怖いのなんの…」

「…さっきあった。」

「ん?何が?」
「だから、電話!」

たった数分の会話だったが、東海道にとってはそれが嬉しかった…とは口に出して言えない。
でも、きっかけを与えてくれた山陽には少なからず感謝はしている。

「それで、宇都宮はなんて言ってた?」

部屋に戻り、ソファーにドカッと座る東海道を見て、山陽は問いただした。

「…ぃや、べつに大したことは話してない。」
「……え?宇都宮と何か約束したんじゃ…あれ?」

東海道の何気ない返答に、山陽は怪訝そうな声を出した。
宇都宮が東海道に会いに行くと言っていたと言う言葉に東海道は思わず目を見開く。
あいつがいつも“来る”時は必ず連絡も入れずに突然現れ、びっくりさせるのだ。

山陽が野暮用と言って出て行ってからも東海道は黙々と書類に目を落としていた。
同じような作業を続けているせいか、目がかすんでくる。
少し仮眠をしてしまおうとソファーの背もたれに寄りかかり、目を閉じた。

軽く目を閉じただけのつもりが、いつしかうっすらと寝息を立てて深い眠りについてしまう。
2〜3度、扉をノックされたのにも気付かずに…





ふ、深くは考えないで下さいw